瞬間最大風速   BY 葡萄瓜XQO



 は、の呼び止める声を無視してスピードを
全く緩めずに歩いていた。彼自身は微笑みながら 歩いているつもりだったのだろうが、周囲の恐怖に 怯えた目はの様子が尋常でない事を如実に物語って いる。
 『全く何やってんだか』
 と心の中に悪罵と苦悶を押し隠し、は只管
後を追いかける。猫撫で声だったのは最初だけ。
声のボリュームとそれに混じる感情がどんどん
大きくなっているのは自覚している。無論、共々 自分が周囲から怯えた目で見られているのも。
 全く厄介なのに惚れてしまったもんだと頭を
抱えながら、それでも追いかけるのを止めようと 言う気持ちが更々起こらないから業が深い。
 キス以外はとりあえず一通り済ませてる癖に、
は何故キスを嫌がるんだよ馬鹿野郎!と実際の
声で叫ぶ事が出来ない我が身の小心さを呪いつつ、 それでもを追いかけるであった。
 …叫ぶ事ができないと思っているのは自身だけで、 周囲はの呼び止めの中に充分に対する女々しい 恋慕を感じ取っていたのだけれど。
 『あー、やっぱ追いかけてくるんだねー』
 と、表面上とは裏腹の気持ちでは心持ち速度を
上げつつ歩いている。がそうそう自分との距離を 縮めはしないだろうと計算した上で。
 『大体虫が良すぎるんだよね。押し倒して既成事実 作った程度で恋人気取りなんてさ』
 にとっては鬱陶しい存在だった。マニュアル 通りの男を演じて陶酔して、周囲にもその陶酔を押し付ける お馬鹿…と言うのが正直な評価。事もあろうにそのに 懸想されて押し倒されて…典型的な攻タイプのに絆されて 受け入れてしまいそうになる、典型的な受になりそうな自分自身に は呆れていた。
 『心まではマニュアル通りにはならないよ、と』  段々感情が露になるの声を背中で感じながら、は ひっそりと呟く。
 『女の子用のマニュアル使われて、なびく男がいたら 可笑しいじゃん?』
 自嘲にもとれる呟き。そして、滲む視界。
 の指先がの肩を捉えそうになった刹那、彼はその指を 強い意思を以って引っ込めた。
 「何故?」
 振り向かないの詰問。
 「……どうせ」
 「どうせ?」
 「何でもね。行けよ」
 「そう?じゃね」
 立ち去る時になってもなお、は振り向かない。
 が振り向かない理由をやっと感じ取ったは、の気配が 自分の前から消えるまで、上を向くまいと地面を睨んでいた。
 肉体関係だけで全てを手に入れたと有頂天になっていた 自分の迂闊さが、ただ呪わしいだけだった。
 の気配が消えたのを見計らって顔を上げたの目は、 俄かに信じ難い映像を捉えた。
 これ以上は無いという甘い雰囲気を漂わせた微笑を浮かべ、 の前に歩み寄ってくるが、彼の目に映っていた。は 思わず後ずさる。嬉しいけれど、後ずさる。
 は恋愛感情の機微には、とことん鈍い男であった。正しく 絵に描いた様なアホな攻そのものだった。
 「何故逃げるの?」
 「だってお前笑ってるんだもん」
 「ふーん」
 の返事を聞いてますます雰囲気の度合いを濃厚にする
 「だーかーらー!なんで近寄って来るんだよ?!」
 「嬉しくないの?」
 「嬉しいけど、さ…」
 「ならいいじゃん」
 「でも怖い」
 「何故?」
 「それは…その…」
 「後ろめたいんだもんねー?無理矢理僕に突っ込んだしねー?」
 「それは…そのぉ…が…」
 「僕が何なの?」
 「可愛い、から」
 「男なのに?」
 「だし」
 「は、自分がホモじゃないといいたいの?」
 「う…」
 「ホモじゃないのに、僕を無理矢理…したんだ?」
 の目から笑いが一瞬消える。
 「さいてー」
 の頬に、冷や汗が一筋。
 「無理矢理やられて、心を許せるなんて思ってたんだ?」
 冷や汗が二筋に。
 「虫の良いお話の読み過ぎじゃないの?」
 口調に滲む笑いと正比例して、の目は段々冷酷にをねめつける。
 後退りしたいだろうに、足が硬直して動けない様子の。 そして、笑いながら怒って近づいてくる。一触即発。ある意味 二人の世界と言えなくは無い。
 「僕の何処が好き?」
 「何処…って?」
 「体?顔?」
 「………」
 「どうせ女の子の代用品でしょ?」
 「ちがうよ」
 「どう違うの?」
 「俺は…その…が…」
 「僕が?」
 言いよどむに詰め寄る。でも、その雰囲気は先程の同じ様な 状況とは、少し違っている。
 「が男だったから、好きになった!」
 が探していたのは、言い訳ではなく本心だった。

 「じゃ、もホモじゃない?」
 「そうなるよな」
 に確認されても、あっけらかんと返答する。
 「最初はが女の子だったら…なんて思ったけどさ。見てる内に 男のが好きになってた」
 「だからっていきなり突っ込む事は無いよねー?」
 「女の子口説くみたいに口説かれたかった?」
 の笑いの逆襲。
 「複雑かもね」
 釣られて笑う。 
 「好きだ!って思ったら、抑え切れなかったんだよな」
 笑いで少し和んだ所に、呟く
 「が怒るのも、キスを許してくれないのも仕方ないと思う」
 「だから、僕を諦めるんだ?」
 「え?」
 「そりゃ最初は痛かったけど、慣れてくるとそれなりには良い感じだし」
 再び絶句するに微笑みかけながら一人ごちる。
 「さっき追っかけられたのも正直言うと少し嬉しかったり、ね」  台詞は更に重なる。
 「本当に嫌だったら、多分何回も一緒にイかないよ」
 「爽やかな笑顔ですげー台詞だな」
 「僕も男って事だよ」
 「だよなぁ…」
 「もしさ」
 「ん?」
 「の中でイきたい、って僕がねだったらどうする?」
 「即OK」
 不敵に微笑む。
 「いいの?」
 「の頼みだし。それに」
 「?」
 「のイく顔見てたら、自分もされたくなったって言ったら笑う?」
 「……この正直者」
 苦笑して、そしての首筋に抱きつく
 「合格。ご褒美は何が良い?」
 「そりゃ、王子様のキスが」
 返事の代わりに、唇が重なった。
                       (FIN)(2004.8.10)

 

*この窓は閉じてお戻り下さい*