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仇花の記憶〜ショタやおい雑話〜
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第二巻弐拾九回  小説「千歳幾年」
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御機嫌よう。葡萄瓜でございます。
月末の小説配信回。お楽しみ戴ければ幸いです。
○●○
      千歳幾年 
               XQO

 朝起きたらテーブルの上になにやら懐かしい
ものが放置されていた。千歳飴だ。それも某社
のキャラクター仕様の。この歳になって誰かが
くれると言う事は無いだろうから、当然誰か買
ってきた人間がいるんだろう。なんて、誰が置
いたかの見当はとっくについている。二人暮ら
しになって幾久しいのに通りすがりの誰かがこ
んな酔狂な真似はするまい。
 「懐かしかろ?」
 「わざわざ買ったの?」
 「いや、実家で余ってたんで貰ってきた」
 電気剃刀を滑らせつつのほほんと返す同居人。
貰ってくると言うのも其れは其れで酔狂な気が
する。
 「季節も季節だし、それにまあ、そのなんだ」
 「なんなんだよ、一体」
 「思い出の一品って奴だからな。ついしみじ
みと眺めたくなった」
 あ、ちゃんと覚えてたのね。

 その日僕はいきなり我が身を襲った人生最初
の不幸にただパニくっていた。ごった返す人込
みの中親とはぐれるわお祝いにと言って貰った
ばかりの小銭入りの財布は落とすわ見知った人
は誰もいないわ。初めて袖を通したカッターシ
ャツは肌に馴染まなくてただ窮屈なだけ。生理
的不快とただ呆然とするしかない不安の中で疲
れ果ててただしゃがみこむしか術が無かった。
五歳児にとって観光社寺の境内で迷子になる事
は実際ハードだと思う。その上に前述のパニッ
クが加わったのだから手も足も出ない。せめて
兵糧代わりの何かを貰った後だったら何とかな
ったのかも知れないがそれさえも手元に無かっ
た。
 パニックが通り過ぎたら次にくるのは只管の
号泣だ。泣いても如何にもならないと何処かで
判っていても泣いて置かないと次に何をしたら
良いのか全然判らない。号泣も子供にとっては
かなりの運動だから体力を消耗すると今なら判
る。でも、その時の僕にそう言う事が理解出来
る筈が無い。号泣した後は当然お腹が空いた。
 「…う…っく…」
 唸り声さえ満足に出ない。なのに水分は涙と
なって我が身から逃げてゆく。
 ぼやけた視界の中に、何かが飛び込んできた
のはそんな時だ。
 鮮やかな赤色が一筋、視界の中に飛び込んで
来て揺れている。その一筋の揺れと共に微かに
漂う甘い匂い。
 それをもっとはっきり観ようと涙をグイと拳
で拭いて視線を上に上げる。赤い筋と見えたの
は棒みたいな飴。その飴を辿ると小さな掌があ
って、その掌の上には黒い着物が続いている。
そして更にその上には…泣きそうなのか怒って
るのか判らない男の子の顔があった。
 僕は何も言わずに飴を舐め、そして男の子は
そんな僕を見て隣にちょこんと腰を下ろし、凭
れ掛かって来た。僕と相方、共に五歳の晩秋・
馴れ初めの一齣である。

 「羽織袴姿で迷子になるってさぁ…」
 「紺ブレザー姿で迷子になってるのとどっこ
いどっこいだな」
 即座に切り返される。
 「しょうがないじゃん。子供だったんだし」
 「俺もだっての」
 「の割に、格好良かったね」
 「俺?」
 「状況惚れだろうけどね」
 言いつつテーブルの上の千歳飴を一本とって
彼の鼻先に近づける。
 「あの時は、ありがと」
 「どう致しまして」
 そして受け取った千歳飴と暫し睨めっこの彼。
 「どうかした?」
 「いや、細いよな、と思っ…って、痛ってー
な」
 「想像は察しがつくよ。バカモノ」
 横目で軽く睨んで、千歳飴を横から咥えて観せ
る。ゆっくりと唇を滑らせつつ。
 「……性悪」
 「振ったのはそっち。別に不便無いでしょ」
 「…ばぁか」
 「お望みなら御宝飴でも良いけど」
 「……千歳飴で良いです」
 耳まで真っ赤になって、顔を伏せて、そしてそ
っと指を絡ませてくる彼。
 僕は彼の横にそっと座って凭れ掛かる。出来れ
ば後半世紀はこう言うからかい合いを毎年出来る
間柄で居たい、と願いつつ。
千歳飴は微かに甘く、あの時と同じ様に薫ってい
た。
                (了)

○●○

さて、此度はこれにてとりあえず筆を擱かせて
戴きます。
では次号配信まで、御機嫌宜しゅう。
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仇花の記憶〜ショタやおい雑話〜
第二巻弐拾九回 2005.10.31発行

文責:葡萄瓜XQO
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