仇花の記憶〜ごく私的なやおい歴史記録〜

増刊第二回  耽美と美少年
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ごきげんよう。葡萄瓜でございます。
今回の増刊号は私と『耽美』との遭遇をお話する前
の予習編、とでも申しましょうか。
少年同志で展開される耽美世界についてひとくさり
考えを書き記そうかと思います。お付き合い下さい
ませ。

そもそも『耽美』とはいかなる言葉であるのか。
これは何も男色を題材にした絵空事の世界の言葉で
はありません。きちんと辞書でも触れられている言
葉です。
美に耽る。美を追求し、美に溺れる…と言うのがそ
の意味する所。説明から導き出されるイメージは世
俗の雑事(生活一般・仕事・世間体など)から逃れ、
自らの美意識のみに正直に従い放埓に日々を送ると
言うもの。
その世界に存在を許される美とは健康的であっては
いけないし、ましてや少しでも生活臭がするもので
あってはいけないのでしょう。日常的でありながら、
非日常性を強いられたものだったのだろうと思いま
す。高畠華宵(※1)の描く少年達の様に。
面白い事に、と言って良いのでしょうか。明治から
大正にかけて日本文学にも少年愛は登場しておりま
したが(※2)、それらの形容について『耽美』を
使った例を聞いた覚えが私にはございません。
美少年の絵姿だけでなく小説や実写画像等まで含ん
だ全てと耽美をイコールで結んで考えられる様にな
ったのは実際の所澁澤龍彦(※3)や稲垣足穂(※4)
の影響では無いだろうか、と愚考しております。
退廃的と捉われるかも知れませんが、考え様によっ
ては古代ギリシャに存在した『少年の恋』(パイラ
スディア)(※5)理念の再現を試みたものだったの
かも知れません。
一方少女漫画の世界では『風と木の詩』『トーマの
心臓』(※6)等の美少年を主人公にした同性間の恋
愛を題材にした作品が登場してきます。但し、作品
群初出時点に於いてはまだ『耽美』と言う冠は被せ
られていなかった様です。『美少年漫画』と認識さ
れていたようですね。
その『美少年』が『耽美』とイコールで結び付けら
れる様になったのは78年に創刊された「JUNE」在っ
てこそでしょう。一言添えるならばそこで描かれる
同性間の恋愛は現実の同性愛から生々しさを取り除
いた上で(※7)手の届く範囲で理想化されたもの
であった様ですが。
さて、ここまでくだくだしく耽美について由無し事
を考えて参りましたが、この定義を(やおい中心の)
同人誌的に要約するならば、1)舞台設定は浮世離れ
している事。身近に感じられる設定が在っても『日
常』とは明確な一線を引いてある、2)単なる美形を
登場させるのではなく、どこかに翳りを持った美形を
登場させる事、の二点に集約されるのでは無いかと
思います。
で、この『耽美』からやおいが発生した…と言う風
に話が進めば書いている私も楽なのですが、どうも
資料から読み取る限り、そう易々と話は進まない様
でございます。

と、これ以上傍注が増えてくだくだしくなってもいけ
ませんので今回はこの辺で。くだくだしい割に話がそ
う進まなかった様な気がしますが(汗)

この号以降の増刊号と本編の方向性を明確にしておき
たいと思います。
本編に於きましては私の体験・記憶に基づいた歴史記
録を、増刊に於いては本編傍注で補いきれなかった点
を資料で再確認しつつお話して参りたいと予定してお
ります。宜しければお付き合い下さいませ。

では、此度はこれにて。
増刊第三回のテーマは『耽美とやおいの関係』を予定
しております。配信は本編第二回配信(5/31)前後と
予定しております。

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※1
愛媛県出身の画家。1888-1966。
日本的な情緒と西洋的な華美とを融合させた画風を確立。
大正から昭和初期の少年誌・少女誌に大きな礎を残した。
少女画から匂い立つ色気もさる事ながら少年画から滲み
出る怪しい美しさも人を魅了して止まない。
愛媛県に高畠華宵大正ロマン館なる関連施設あり。

※2
氏家幹人『武士道とエロス』(講談社現代新書/95.2.20
初版)参照。多数と言う訳では無いが、確かにそう言う
小説群は存在した。

※3
フランス文学者・著述家。1928-1987。
マルキ・ド・サドの著作を多く翻訳し本邦に紹介する等
ややモラルと反した文筆活動のみに焦点を当てられ易い。
独自の美学に基づいた行動がそう言う見られ方を助長し
たのだろうか?
1968年、彼の責任編集の下創刊された雑誌「血と薔薇」
の存在はその後の『耽美』の在り方に大きな影響を及ぼ
したと考えられる。
「血と薔薇」の存在は本邦初の同性愛雑誌「薔薇族」創
刊(71年)にも影響を及ぼした。誌名を考える際の大き
なヒントになったそうである。

※4
作家。1900-1977。
天文・歴史・飛行機…等理系のモチーフに興味を抱きつ
つそれを幻想的な筆致で解釈咀嚼して作品に仕立てた。
又童話でも独自のハイカラさを発揮。
1968初版発表の「少年愛の美学」(その後増補改定あり)
は『少年愛』について思想を巡らせた書であり、澁澤龍
彦が関った「血と薔薇」同様『耽美』の在り方に大きな
影響を及ぼしたと考えられる。

※5
プラトン『饗宴』中に説明される古代ギリシャにおける
社会的同性愛機構。思春期直前頃からの年代の少年を年
長者が同性愛関係の中で育成し、一人前の市民(社会人)
として育て上げるシステム。
後病理学後として小児性愛の一つに数えられる様になる。

※6
『風と木の詩』竹宮惠子:作 1976年初出。
『トーマの心臓』萩尾望都:著 1974年初出。
共にヨーロッパを舞台にした作品であり、登場人物の
『美』が物語に与えている影響は大きい。
竹宮作品では『風と木の詩』と同時期から続いている
『変奏曲』シリーズもまた同じ分類に入るのでは無いか?

※7
そう言う在り方を否定する訳では無いが、「JUNE」の版元
が「さぶ」の版元でもあった関係上そう言う見方をしてし
まっても仕方ないのでは、と。

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仇花の記憶〜ごく私的なやおい歴史記録〜
増刊第二回  2003.5.23発行

文責:葡萄瓜XQO
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